2021.10.22

組織改革に必要な「組織」と「人材」「新規事業を守り育てる実践法」とは? 〜イノベーション推進のトップランナー・富士フイルムが語る自社事例〜

急激な社会変化に対応するため、多くの企業がDXの推進やそれに伴う社内組織やビジネス構造の変革やイノベーションに取り組むようになっています。しかし、構想はあるものの、課題に直面して足踏み状態に陥っている企業も少なくないようです。

そうした中で、富士フイルムホールディングス株式会社(以下、富士フイルム)の取り組みとその軌跡はベストプラクティスだと言えるでしょう。

フィルムや印画紙など写真関連事業を祖業にする同社は、長年培った技術・ノウハウを基礎に事業構造を大きく変換し、第二の創業を成功させました。では、その過程にはどのような出来事があったのか? 国内におけるDX推進のトップランナーの事例を、同社のOpen Innovation Hub 館長としてオープンイノベーションを牽引している小島健嗣氏に語っていただきました。

(聞き手:電通デジタル DX領域 CX/UXデザイン事業部 グループマネージャー川野義則)

※本稿は2021年9月6日から4日間にわたって開催された「電通デジタルCXトランスフォーメーションウェビナーWeek」のセッションを元にした記事です。

※所属・役職は記事公開当時のものです。

CX/UXデザイン事業部 グループマネージャー

川野 義則

イノベーションに必要な「組織」と「人材」

冒頭、小島氏はこれまでの経験から見えてきた組織変革や新規事業の推進に欠かせない事柄として、以下の3つが重要であると述べ、「①〜③をもとに、富士フイルムが業態変化する過程で得た気付きをお伝えする」としました。

① 良い問いを立てる
② リフレーミングのためのアナロジー的思考
③ 内発的動機

さて、そもそも今日のような先行きが見えない状況では、これまでに用いられていた手法での問題解決が難しいことは周知の通りです。
これに対して小島氏は、「『答えのない問い』に応えること、そのためにも多様なメンバーでチームを形成すること、新規事業が認められるために納期内に成果を出すことが、持続可能性の向上につながる。これらを前提に、社内で既存事業を支えている人達も巻き込んで、新しいことにチャレンジするチームを成立させる必要がある」との考えを示しました。

そうした際、中心となるイノベーションリーダーに求められるのは、以下の4つのポイントです。

一方、実際に当事者として新しい事業や枠組み構築に取り組む際には、自分自身の心の内にある強い想いが原動力になることは言うまでもありません。しかし、社会課題や自社のビジョン、自社の強みや事業課題など、さまざまな要因は必ずしもその想いと合致しないケースも考えられます。

出展:ICEモデル 神戸大学大学院科学技術イノベーション研究科 オープンイノベーション人材センター

それをうまく関連付け、洞察と直感、感性をもってストーリーを描くことで現状の枠や理論を超え、リスクを取る意識で行動することが、巡り巡って自分の想いを叶えることにも繋がると考えられるでしょう。

また、実現のためには他者の協力も欠かせません。社内外の人材に対し、ネットワークを形成していくことはもちろん、取り組みに懐疑的な意見を持つ人の「疑問に思うポイント」を解消し、仲間に引き入れていくようなアプローチも求められます。


実例から知る組織の変革とイノベーションの生まれ方

ここまで、イノベーションに必要な「組織」と「人材」について概念的な情報を紹介しました。「何となく分かるけれど、イメージがクリアにならない」という意見もありそうです。そこで、小島氏が語った富士フイルムの事例から理解を深めていきましょう。

富士フイルムと言えば、写真フイルムの世界的なメーカーとして誰もが知る企業でした。1990年代ごろまでは収益構造のうちほとんどをフイルム販売が占め、高い品質が支持されていたものです。
実際に、社内でも「フイルムはそれ自体を購入してもらっているわけではない。またとない瞬間を捉えて大切な思い出として残すための素材として、『信頼』を買ってもらっている。それであるがゆえに、欠陥は絶対に許されない」と高い誇りを持ってビジネスに向き合っていたと言います。

そうした意識が“超自前主義”へと繋がることは、当然の流れだったとも考えられます。そして、1980年代後半には『写ルンです』の開発・販売によって富士フイルムが目標として追い越したいと思っていたコダックを追い越した瞬間だったと振り返りました。

しかし、「好調さの後ろからはデジタル化の足音が迫ってきていた」と小島氏。「デジタルという“オオカミ”に勝つためには、むしろ自分たちで"オオカミ”を喰ってしまおう、デジタルにシフトしていこう」と、デジタルカメラを開発。世界で初めてこれを販売したほか、1998年にはインスタントカメラ『チェキ』を発表するなど、イメージングの会社として事業が続いていきました。

そんな富士フイルムが第二の創業期を迎えたのは、2006年のこと。
「このタイミングで、超自前主義から共創する企業へ。そして、成功体験を別の視点から見てインサイドアウトの思考を持つべく取り組み始めた」とは、小島氏の言葉です。

その第一弾として発表したのが、基礎化粧品「アスタリフト」。赤いジェリーの先行美容液は珍しさもあり、発売当初から大いに話題になりました。

「多くの方から、『アスタリフト』は富士フイルムの祖業とはまったく関係ない、大きな事業変革だと言われた。しかし、ヒトの真皮の約70%はコラーゲンでできており、カメラのフイルムも50%がコラーゲンでできている。むしろ自分たちにはコラーゲンを知り尽くした会社である、という自負もあった」と、小島氏。
以降、自社のアセットを活用したトータルヘルスケアカンパニーとしての立ち位置を確立していくことになりました。

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ただ、「創薬プロセスに自分たちの技術は生かせる」との考えがある一方で、社会へのアピール方法や従業員のコミットメントなど、「問題は山積していた」と、小島氏。

続けて、「しかし、2000年代にはカメラ付き携帯電話やスマートフォンの登場といった社会的変化が起こり、フイルムの需要が激減。市場が消失しようとする中で、これまで開発した技術等のアセットを活用して新規事業に挑戦しないわけにはいかなかった。
そのために技術の棚卸しを行い、足りないものは外部からの協力を得る、という考え方が身に迫った問題として意識を覚醒させた」と当時を振り返りました。


超自前主義からの脱却と共創主義への道筋

基礎化粧品の発売に目を奪われがちですが、その裏には「QOLの向上を目的に、予防・診断・治療・バイオの領域に参入する。それにあたって、まずはスキンケアの領域でコンシューマーブランド『アスタリフト』としての布石を打ち、そこからBtoB事業に参入していく」という大きな構想があったとのこと。

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ただ、「創薬プロセスに自分たちの技術は生かせる」との考えがある一方で、社会へのアピール方法や従業員のコミットメントなど、「問題は山積していた」と、小島氏。

続けて、「しかし、2000年代にはカメラ付き携帯電話やスマートフォンの登場といった社会的変化が起こり、フイルムの需要が激減。市場が消失しようとする中で、これまで開発した技術等のアセットを活用して新規事業に挑戦しないわけにはいかなかった。
そのために技術の棚卸しを行い、足りないものは外部からの協力を得る、という考え方が身に迫った問題として意識を覚醒させた」と当時を振り返りました。

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今日、「自前主義」という言葉にはネガティブなニュアンスが含まれているように聞こえる場合もあるでしょう。しかし、「デジタルカメラを製造する際にデジタル技術を持つリソースを取り込んでいたなど、アセットはできていた。特に画像技術やAIについては知見も溜まっていた。それによって創薬をはじめとするヘルスケア分野への参入ができた」と小島氏が指摘する通り、実際には新規事業へのハードルを下げてくれるケースも少なくありません。

他方、その技術をどのように生かし、社会に意義のあるプロダクトやサービスを提供するか? という問題は答えが出しづらいものだと言えるでしょう。

そこで、まず新しい「場」を立ち上げ、ここを“ハードウェア”と位置付けて、デザインシンキングの実践や専門性を超えた交流など、“ソフトウェア”の強化をしながら「Open Innovation Hub」開設に進化したとのこと。
その上で、「Open Innovation WAY」として、共通言語化の手法を使って社会課題と技術を繋げるアプローチを行ない始めたそうです。

「ここでの取り組みは、ミッドタウンにある富士フイルムの本社のオープンイノベーションの「場」に来館した方々との議論を通じて社内外の共創と、企業ブランディングを目指したものだ。来館者をお迎えする社員たちに富士フイルムの12のコア技術を説明できるようトレーニングすると同時に、社会課題を解決するためには外部から課題を教えてもらう必要がある、との考えのもと、来館した方々と対話を重ね、共創の方法を考え、プロトタイプに落とし込んでいくような取り組みを続けている」と、小島氏は語りました。


徹底した現場観察から次の「芽」を見つけて社会課題を解決する

このように、祖業の技術アセットを活用しながら社内外との共創を実現するようになった富士フイルム。

最近でも、「寝たきりや外出が難しいといった理由で在宅医療を受ける患者さんが増えている。他方、ごくわずかな線量でもレントゲン写真が撮れるようになった。そこで2つの事柄をつなぎ合わせて『ポータブルX線カメラ』を開発した。
また、2019年のグッドデザイン賞受賞プロダクトである『結核迅速診断キット』は、結核罹患者が多いアフリカにおいて、医療従事者がいないような場所でも結核診断ができるプロダクトとして開発した。これには写真で培った増感技術が採用されている。思い出を残す技術が命を守る技術に変わった。これらの新しい製品は徹底した現場観察と問題意識によって導かれたイノベーションであり、社会課題の解決に結びついている」と、小島氏。

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「物事には、やるべきこととやりたいこと、やれることがあり、それぞれ社会や自分自身の想い・企業の仕事へとつながっている。未来を描くにはいい問いを立てることが重要である」と、強調しました。


なかなか芽が出ない新規事業を守り育てるには?

セッションの最後、川野からの「新規事業に対して、『総論は賛成だが各論は話が別』という意見や、既存事業の担い手からすると、これまでの枠組みを守らなければならない、という思いもあるはず。そうした壁を超えるにはどうすればいいか?」という質問に対し、小島氏は次のように語りました。

「化粧品事業に参入することを提案した役員は、当時『嘘はだめだけどホラはいい』と言っていた。そのような突破力が必要な場合もあるだろう。ただし、『決められた期限で何かしらの成果を出す』ということは守る必要がある。R&Dの現場には、一度着手すればその研究をし続けようとしてしまう、という習慣があるが、それは見直す必要があるだろう。

一方、複数のプロジェクトが同時並行で進んでいる場合、わかりやすい成果が出せるプロジェクトの方が評価されやすいし、中長期で取り組まなければならないプロジェクトは『いつどうなるか分からないのにタダ飯食いの状態だ』とのプレッシャーをかけられることもある。そうした時にはマネジメント側の目利き力が大事で、良い成果軸を示してそれを達成させるのがマネジメントになる」。

また、「新規事業が進んだとしても、中間管理職ほど『余計なことをせずに目の前の業務に集中しろ」と考えがちだ。一方で、エントリーシートに夢ややりたいことを書いて入社した若手社員たちは、少しのきっかけで当時の情熱を思い出し、覚醒することがある。Open Innovation Hubはそうした機会にもなっているし、『何かをやりたい!と考える人材を発掘する場』にもなっている。

2006年くらいの頃、20~30代の若手社員を中心にデザインシンキングのワークショップをたくさんやり続けていた。それが10年、20年経つとその頃に参加した人がマネージャーになっていて、取組に対して理解をしてもらえる人が増えてきている。そうすると、今培った理解や考え方と振る舞いが今後さらに広がりやすい状態になる。そのような状況を目指しつつ、今はまだ“懐疑的な目線”で新規事業を見ている人に対し、『先々のことをやっているが、今のビジネスにも役立つ』という実績を作りながら直近の成果と未来のことの両方に価値があることの共感者を増やすことも大切だろう」と締めくくりました。

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