新型コロナウイルスの流行がもたらした最大かつ長期的な影響を1つ挙げるとすれば、「デジタル変革」を叫ぶ声が高まったということです。顧客や従業員が自宅に留まる中で、デジタルを駆使した活動が社会生活を営む上でライフラインとなりました。企業のデジタル化はこれまでも長らく叫ばれてきましたが、これほどスピーディに新機能が導入された例は過去になく、これまで何年もかかっていたようなデジタル化プロジェクトがわずか数週間で完了し、中には数日で完了したというケースもありました。デジタル化に踏み切った企業は、何もしない、すなわち新技術を導入しないということは、新機能を導入し革新を試みることよりも企業にとって遥かにマイナスである、ということを悟ったのです。
企業の業務をデジタル化することは通常、面倒で大変な作業のように感じてしまうものです。
2020年2月に実施されたガートナー カスタマー・エクスペリエンス&テクノロジサミットでは、「Start Before You’re Ready - 準備が整う前に開始する」ことが重要であると述べられました。
多くの企業はどこから手を付けてよいか途方に暮れてしまうのですが、多くの場合、企業は一定の準備はできており、ただ開始すればよいだけというケースが多いと考えます。このことは、新しい手段を用いてコマース機能をスピーディに進化させた中小規模の企業によっても実証されました。
多くの中小企業にとって、eコマースに必要な要素は「商品リスト、すなわち、商品検索機能」、「オーダー受注機能」、「決済機能」、「配達機能」の4つに分類されます。大企業の場合は、在庫管理など他にも考慮しなければならないことはありますが、コロナ禍に対応するために急遽eコマースを導入した企業の多くは、必要最低限な機能に焦点を絞っています。どのようなビジネス規模であっても、デジタルコマース事業を展開する企業に当てはまる共通のテーマが3つあります。
コロナ禍にあらゆる規模の企業がeコマース機能を構築しており、多くの場合、他社と手を組むか、あるいは、既存のソリューションを活用して立ち上げています。
中小企業の中には、一般に普及している通信プラットフォームを利用して独自の受発注システムを構築した企業があります。例えば、米国マサチューセッツ州ボストンにあるワインショップは、Googleフォームを使ってオンライン上で注文を受け付けることで簡単にeコマースのシステムを立ち上げました。eコマース機能を構築するほとんどの企業は、顧客に特定の商品を選びオーダーしてもらうという形を取っています。しかし、この企業の場合、洗練された購買体験を顧客にしてもらうということを第一に考え、オーダーを受け付ける際に顧客から正確な情報を収集することに力を注ぎました。特定の商品を選んでもらうのではなく、顧客のワインの好みや希望する価格帯を評価する理解するための質問をすることにしたのです。フォームを使うことで、注文主顧客が宅配を希望しているのか、あるいは、カーブサイド・ピックアップ(顧客が店まで車で行って車内にいながら商品を受け取るサービス)がいいのか顧客の好みを把握することもできます。顧客がフォームを入力すると、Wine Bottegaのeコマースチームのもとに注文通知が届きます。その後、商品の在庫の有無や配送手続きについて顧客とやり取りが始まり、購買に関する一連の処理が行われます。
同様に商品の閲覧ができるeコマース用のウェブサイトをわざわざ別に作る必要はありません。もし、すでにSNSアカウントをお持ちの場合は、そこにただ連絡先を追加するだけでもいいですし、LINEのようなメッセージプラットフォームとつながるようにして、商品の注文方法を示せばいいのです。顧客はブランドの担当者と直接やり取りができ、スクリーンショットや写真を共有し、SNSから直接オーダーすることができます。これはトルコのBK’Storeというブランドが導入した手法で、WhatsApp やInstagramを介してeコマース事業を展開しています。
不特定多数の人が触る端末スクリーンは細菌類の温床です。多くの小売業者は、個人所有のIT端末を店に持参し、自分専用の端末を使うことで感染症予防に努めています。
インドの小売業で起きたイノベーションはPerpuleという アプリです。顧客はアプリのダウンロードから店をチェックアウトするまでの一連の操作を全て自分のスマートフォンで行うことができます。このアプリを使ってスマートフォンのカメラから商品タグにあるUPCコードをスキャンすると、アプリが自動的にスマートフォン上にレシートを作成し、顧客はキャッシュレス決済アプリを利用するか予め設定した決済方法で支払いをすることができます。店を出る際、すでに支払い済みであることを証明するためにスマートフォン上のレシートを提示することになっており、こうすることで窃盗を防止することができます。
オンラインショッピングで購入した商品が配達される際、たいていは受取のサインが必要となります。不特定多数の人が一瞬ではありますが、同じスクリーンやペンを触るという機会がここでも発生します。恐らく、こういったペンやスクリーンは頻繁に除菌されている訳ではないでしょうし、このやり取りをするのに配達員と受け取り手が至近距離で互いに接することになります。ここ数カ月間で宅配業者のAxleHireは、自社のアプリに荷物受領の署名をデジタル上で行える機能を追加しました。顧客は荷物受取りのサインを自身の端末で行うことができるようになり、しかも荷物が到着する前にそれを完了することも可能です。これまであまり活用されていませんが、端末同士をかざして通信するNFC技術やBluetooth機能を使ったAirDropのような近距離を無線で通信できる類似機能が今後、急速に普及するかもしれません。こういった方法を使うと不特定多数の人が同じ端末を共用することを回避することが可能になります。
レストランの場合は、不特定多数の人が同じメニューを触ることになりますが、メニューを消毒するようなことはほとんどありません。これを受けて、接客業では顧客が自身の端末にQRコードをスキャンしてメニューにアクセスするデジタルメニューの導入が進んでいます。日本では、レストランの店頭に陳列してある食品サンプルにQRコード付きのラベルを貼れば簡単にメニューを見ることができるようになるでしょうし、自分のスマートフォンから直接メニューにある品を注文することも可能になるでしょう。OrderlinaやFineDineモバイルメニューといったソリューションが登場したことで、レストランは店のメニューを迅速に更新することができ、顧客の好みやさまざまな分析結果を把握することができます。また、自社の注文管理システムを統合することで顧客にメニューから注文してもらうことができ、店側は注文の受付と管理をすることができます。日本では新型コロナ感染症が流行する以前からQRコードを使った決済が増えていましたが、PayPalやPayPayといったサービス事業者は独自のQRコードを設けることでキャッシュレス機能を迅速にビジネスに定着させることに成功しています。
急速なeコマースへのシフトにより、多くの企業で人材のギャップが浮き彫りになりました。例えば、接客に定評のある有能な店員がeコマースでは突如、対応力不足ということに陥ってしまいます。接客業に携わる人材は、接客技術や商品を販売するということについては教育を受けているものの、デジタルの分野ではきちんとした研修を受けていない可能性があります。つまり、そういった人材は人に情報を提供するという点においては企業の中でも特に優れているので、顧客サービスのチャットボットで頻繁に問い合わせがある項目に関して答え方を伝授したり、どのタイミングで係員が応対すべきかを見極めたりするのに力を発揮することでしょう。チャットボットを開発することで顧客サービス部門の負担を軽減させることができます。特に実店舗が休業している間は、大手企業のeコマース部門であっても問い合わせが殺到して対応に苦慮することが十分考えられます。
接客を伴う店で成果を挙げるには、店員はある程度、会話を通して顧客を惹きつけることができ、好感を持ってもらえるといった能力が必要です。米国の技術系ニュースサイトThe Vergeによると、ライブストリーミング配信部門が2カ月で45%も伸びており、この会話能力はオンラインでも同様に成果があることがわかります。LINEやFacebook・Instagram、YouTube、Twitterなどのソーシャルメディア・プラットフォームにはライブストリーミング機能が搭載されています。そして、その多くがeコマース機能も備えています。中国の宝石店は店員の優れた能力を見抜き、中国のソーシャルメディア・プラットフォームWeChatのライブストリーミング機能を活用して店員をオンライン上のインフルエンサー、すなわち、KOL(Key Opinion Leaders: 販売促進に影響力を持つ専門家)に転身させました。このブランドはインフルエンサー・エージェンシーと提携することで、ソーシャルメディア・インフルエンサーに必要な技術を社員に徹底的に叩き込みました。ライブストリーミング機能はこの他、顧客が予め店員とオンライン上で会う約束をした上で利用できる顧客サービスチャネルとしても活用することができます。これは企業間取引の商談にも広く使われており、今では消費者向け市場でも目にします。
eコマース事業やフルフィルメントサービスをしようと考えた時、ほとんどの企業は外部業者と提携して業務委託するものです。ところが、靴店のallbirdsは新型コロナウイルスが流行した初期段階の休業期間中に店をフルフィルメントセンターへ転換する道を見出しました。同店では、営業チームが物流スペシャリストとしてオンラインでオーダーされた商品を届けました。レストランでも同様の動きがあり、ウェイターやウェイトレスを配達スタッフとして起用しています。