新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、リアルな場でセミナーやイベントを開催することができない状況が続いています。このことは、企業にとって、リード獲得の有効な機会を失うことであり、ひいては中長期的には売り上げ等の業績にも影響を与える課題だと言えるでしょう。 こうしたビジネス環境の変化への打開策として、ニューノーマルになりつつあるのがオンライン上でのセミナー開催、つまり「ウェビナー」です。 電通アイソバー(現 電通デジタル)でも、2020年4月以降は従来のセミナーをウェビナーに転換し、多くの方々にご参加いただいてきました。 そんな電通アイソバー(現 電通デジタル)のウェビナーは、自社内にある「アイソバースタジオ」から配信されています。本稿では、アイソバースタジオ開設の意図や配信の具体的な仕組み、今後の展望をご紹介します。現在、ウェビナー配信に取り組んでおられる企業のご担当者さまの参考になれば幸いです。
「アイソバースタジオ」が誕生するまで
2020年当初、電通アイソバー(現 電通デジタル)でもウェビナー開催の予定はなく、リアルでのセミナー企画を進めていました。しかし、新型コロナの問題が大きくなる2月、全社的に在宅勤務へとシフトすると同時に、予定していたセミナーもオンライン上で展開する必要がありそうだ、という議論が出始めました。
そうして、試験的に実施したウェビナーが、「いま改めて考える、これからのeコマースの在り方(4月28日開催)」です。
この取り組みは、コロナ禍で在宅勤務をしたり、外出を控えてオフィスワークに集中しているビジネスパーソンが多いという状況も相まって、リアルでのセミナー以上に多くの反響をいただきました。
そして、「店舗への来店促進が難しくなったり、これまで『当たり前』にできていたことができなくなった今、デジタルで何かしようと考える企業が増えているのかもしれない。そうした企業の担当部署の方々に向けて、これまで培ってきた知識や知見をお伝えすることはデジタルエージェンシーとしての使命なのではないか?」との考えのもと、より身軽にウェビナー配信ができる体制を構築しようということで考えられたのが「アイソバースタジオ」構想です。
当時の状況とアイソバースタジオ構想の始まりについて、同スタジオで音響を担当するエクスペリエンスプランニング部 ユニット1アシスタント コミュニケーション デザイナーブーザート ユセフは、次のように振り返ります。
「あの頃、世界中で影響力のあるアーティストや教育者、インフルエンサーなどが続々と無料でファンやオーディエンスのためにウェビナーやライブ配信イベントを実施していましたよね。それを見て、CX design firmである電通アイソバー(現 電通デジタル)にも多くの専門知識を持つ人たちが集まっているのだから、今こそこれまで培ってきた専門知識を共有する場を作るべきだ、と思っていました。
そうしたこともあり、ウェビナーを配信するスタジオを開設したい、という声が上がった時、『ウェビナーに参加する方々の知識拡大への貢献になる!』と思い、スタジオ開設の準備が始まることを嬉しく思いました」。
自社スタジオを開設することは、過去の経験・知見を生かすこと
実際にスタジオを開設するにあたり、ユセフの持つ音響に関するスキルだけでなく、配信システムを構築する人材も欠かせませんでした。その時、白羽の矢が立ったのが、プラットフォームコンサルティング部 クリエイティブ ディレクター 川村 健一です。
映像系に強いテクノロジストでありメディアアーティストでもある川村は、幕張メッセ、東京芸術劇場、東京国立博物館、京都・南座等で、過去に大規模な映像演出や配信システムの構築等をいくつも経験しており、スタジオ開設には欠かせないメンバーのひとりです。
川村は、
「(スタジオ作ると聞いたとき)多少の投資は必要になるものの、すぐに回収できると思いました。機材の多くは、元々あったものを活用できますし、大規模な映像演出等を仕事やプライベートでも行なっているので、その延長線上だと思えば難なく取り組めました」と、述べました。
TouchDesignerでウェビナーをデザインする
音響と映像、配信システム構築の能力を持つ2人のスタッフのおかげで、アイソバースタジオは構想から約1ヶ月で完成。今では月に1度はこの拠点からウェビナー配信を実施するまでになりました。
ここまでの経験を踏まえ、円滑なウェビナー配信の方法を試行錯誤している多くの企業に対して、「アイソバースタジオもベストなウェビナー配信を実現するため、模索している最中です。それにあたり、TV番組から学べることは多々あると思っています」と、川村は言います。
また、それと同時にウェビナーならではの可能性についても言及しました。 「配信中にもインタラクティブなやりとりができることやテクノロジーを駆使できる点は、ウェビナーならではと言えるでしょう。多くの場合、ウェビナー配信と言えばZoomの基本機能の活用を想定すると思います。
しかし、アイソバースタジオの場合、カメラや音響周り、資料などをきちんとデザインして表現しており、これがアイソバースタジオの特徴にもなっています。今は、会場にある2台のカメラとリモート参加者のスイッチング、資料の表示や音声の調整などを自由にデザインして配信できており、『基礎はできた』という段階です。これからはもう一段上のチャレンジをしたいと考えています」。
川村が言う「デザインされたウェビナー」を可能にしているのが、「TouchDesigner」というビジュアルプログラミング言語です。
通常、プログラミングというと、文字でコードを書いていくスタイルを想像するものですが、「TouchDesigner」は、ブロックのようなパッチをつないでいくことで開発を行なっていくのが大きな特徴です。
「デバイスを制御するパッチがたくさんあるので、制御すべき機材が多くなりがちなウェビナーの配信システムを構成するには最適」と、川村が強調する「TouchDesigner」。 このソフトウェアのおかげで、構想からおよそ1ヶ月でアイソバースタジオを開設できた、とも言えます。
また、「TouchDesigner」はスピード感・安定性ともに非常に強力なので、プロトタイピングから実開発まで、国内外の多くの企業で採用されてもいるようです。
川村も、「案件はもちろん、プライベートでも活用していますが、たくさんのイベントに参加させていただいているお陰で、企業や大学からワークショップの機会をいただくことが多くなってきました。それだけ『TouchDesigner』を使ってみたい、というひとが増えているのでしょう。年内には共著で書籍も出しますので、この魅力を多くの方に知ってほしいですね」と語っていました。
配信の仕組みはできても毎回のテストは欠かせない理由
ここまでの説明で、「やはりウェビナーは専門知識のある人に任せるしかない」と考えた方も少なくないかもしれません。しかし、そうとも言い切れず、フェーズを分けて考えれば「プロに任せる部分」と「プロから学んで自分たちで対応できる部分」がある、と言えそうです。
ユセフと川村は、
「無料のウェビナー配信機能を使って挑戦してみたけれど、なかなかコンスタントにウェビナーを配信できていないという企業もあれば、一度挑戦したけれど上手くいかずクレームまできてしまったからもうウェビナーを諦めた、という企業もあると聞きます。 その課題の背景には、機材の問題もあるかもしれません。
例えば、機材やケーブル、ソフトウェアの繋ぎ込みでは、理論上は上手くいくと考えられるのだけれど、実際に繋げてみると上手くいかない、ということが度々起こります。“相性が悪い”というわけです。そうしたことを理解した上で対処しているのがプロの技とも言えるでしょう。実は、“きちんと配信できるシステム”を構築するのが一番大変なことなのです」と、口を揃えます。
ただ、それさえ構築できれば、オペレーションさえ覚えれば配信の作業自体はできるようになる、とのこと。しかし一方で、「LIVE配信は何が起こるかわからないので、トラブル時に対応方法を知っているかどうかは重要」とも指摘していました。
LIVE配信でのトラブル対処法はマニュアルにしづらいもののひとつだと言えるでしょう。
出演する人や人数、切り替えるタイミングや投影する資料、撮影場所の環境や使用する機材など、あらゆるものが毎回何かしら変化するため、条件を設定すること自体が難しい面もあります。
そのため、アイソバースタジオでも本番前のランスルー(本番とほぼ同じように行う通し稽古)は欠かすことができず、本番と同じくらいの緊張感をもって進行しています。
「セミナーの流れは毎回違うので、シナリオがあったとしても一度試してみないとスムーズなスイッチング等は実現できません。もしフォーマットができたとしても、それをブラッシュアップし続けることになります」とは、川村の言葉です。
「ストレスなく聞こえて当たり前」音響はウェビナーの印象を大きく左右する
多くの人にとって、ウェビナーへの参加は、これまで経験してきたセミナーやイベントの延長線上にあるものと認識されていることでしょう。そのため、「聞き辛い」「配信自体はもちろん、音量が安定しない」といったウェビナーならではのストレスへの許容度はあまり高くないと考えられます。
記事を読まれている方の中にも、「このセミナーは見づらい、聞き辛いから見るのを止めよう」「気が散って話に集中できない」とネガティブな印象を受けたウェビナーの視聴経験をお持ちかもしれません。このようなマイナスの印象はその場限りなだけでなく、企業のイメージやブランドを傷つけかねない要素だと言えるでしょう。
こうした「できて当たり前、聞けて当たり前」を支える音響担当のユセフは、自身の経験について次のように語りました。
「私自身は音や音楽の体験を作るためのプログラミング経験はあったものの、常にデジタルサウンドまたはMIDI(Musical Instrument Digital Interface)を使っていました。そのため、マイクから入力されたオーディオサウンドを扱うのはこれが初めてでした。
まず、マイクのサウンドを聞き取りやすくするためにノイズを減らしたり、音質を改善する方法を学ぶ必要があったのですが、サウンドの仕組みとサウンドハードウェアの使い方を理解することで乗り越えることができました」。
今後、しばらくの間は「with コロナ」の社会が続くと考えられます。
そうした時、「接触を減少させたい。ソーシャルディスタンスを保ちたい」といったこの時代ならではの顧客の心理に応えるために、店舗レイアウトを変えたり、BOPISを受け入れたり、といった多角的な投資をする必要が出てくると考えられます。そのため、企業によっては、コマース全体のデザインを根本から見直すよう迫られる場合もありうる、と言えます。
人の声特有のノイズや空調等の環境音だけでなく、例えば「髪が揺れた時に生じるノイズ」や「紙をめくる音」など、どれだけ気をつけていたとしても、配信中にも様々な音が生じます。
そうした音の中から「聞こえるべき音」だけをうまく届けるためには、「トライアンドエラーを続けるしかない。現在、アイソバースタジオでは、すべての音をひとつのデバイスに入れて調整できるようになったから、とてもスマートに進められるようになった」と、ユセフ。
しかし、その裏には、機材を使いこなすスキルだけでなく、音への感覚の鋭さや経験、テストの繰り返しが欠かせないのだと想像できます。
お手本はTV番組。しかし、ウェビナーだからできることはある!
前述の通り、画面の見せ方をデザインし、質の高い配信を目指しているアイソバースタジオ。その中核を担うユセフと川村は、「ウェビナーだからこれでいいだろう、ではなく、番組だと考えてクオリティを上げることで、より良いコンテンツになると考えています。そういう意味では、ニュース番組やバラエティ、さらにいうと映画などの見せ方は学べる部分が多くあると考えています」と繰り返し強調しました。
そして、今後取り組みたいことについて、川村は次のように構想を聞かせてくれました。
「まず、自動翻訳での字幕機能には非常に可能性があると考えています。プライベートでも実験(*)してみて手応えがあったので、ウェビナー用にも検証を進めているところです」。
さらに、「オープンなウェビナーの場合は、Twitterのハッシュタグ付きのつぶやきをウェビナー画面の中に表示することも可能なので、インタラクティブなやりとりがリアルタイムで展開できると思います。
クリエイティブなアイデアが試される機会には、カメラにARセンサーを仕込んで、カメラが動くと一緒にARも動く、という仕掛けが活用できると考えています。より分かりやすく言うと、映画の撮影みたいなイメージです。ブルーバックで人物を撮影して、他はすべてCGで制作すれば、バーチャル空間上でライブ会場からの配信を再現したり、屋外で撮影しているような演出をすることも可能なわけです。表現の可能性は無限に考えられます」。
このほか、アイスブレイクを兼ねてアンケートを実施してその結果をリアルタイム集計して表示させる、といった演出のほか、たくさんのリモート参加者と遅延なくパネルディスカッションを展開する、といったことにも力を入れていきたい、と語りました。
今に対応するだけでなく、未来の「あたりまえ」を創る瞬間を目指したい
最後に川村は、「イベント演出や配信というのは、『あたりまえ』を作る仕事。成功して『あたりまえ』で、失敗は避けなきゃならない。それはそれでプレッシャーではあるのですが、どうせなら、今ある『あたりまえ』と戦うだけでなく、未来の『あたりまえ』を創りたいですね」と言い、アイソバースタジオの可能性について次のように締めくくりました。
「現状は自社の社外向けウェビナーに絞って運用しているアイソバースタジオですが、『ウェビナーを開催したいけど、どうすれば良いのかわからない』というようなクライアントをサポートするようなことも実施していきたいです。
アイソバースタジオを活用していただくのも良いですし、しばらくはウェビナーのニーズが高まっていく状況だと考えられますので、自社内にスタジオをもたれるケースも増えてくるはずです。そのようなケースでもご一緒できたら最高ですね。
テクノロジーは変化が早く、今日の『あたりまえ』は明日には古くなっているような世界です。だからこそ、現状に満足せず、変わり続ける必要があります。未来の『あたりまえ』を創る瞬間を、みなさんと共有しながら、よりよい体験へとつなげていきたいですね」。
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