2020.02.24

クリエイティブエクスペリエンス:CXの進化

新たな理論と流行語が次々に生まれては消えるデジタルマーケティングの世界。それと同時に、近年は、加速度的に進化するアドテクノロジーによって、できることやカバーする領域が広がったため、逆に戦略策定や分析などにおいて迷いが生じやすい環境が生じるようになっています。 こうした状況について、電通アイソバー(現 電通デジタル)株式会社の取締役である田中信哉は、「今日のデジタルマーケティングは、誰もがすべてを分かったように話すが、誰ひとりとしてすべてを分かっていないという業界になりつつある。だからこそ、分からないことを恐れず、それらしい話に流されたりしないことが大切だ」と指摘します。 例えば、最近耳にする機会が増えた「CX(カスタマーエクスペリエンス)」は、 “分かったようで分からないこと”の最たるものと言えるでしょう。 そんな「CX」をメインテーマに、多様なトピックの議論がなされたのが、2月13日(木)から14日(金)にかけて開催された「ガートナーカスタマー・エクスペリエンス&テクノロジーサミット」です。 本稿では、CX施策の責任者や実務者に対して、CXの基礎を網羅的にカバーするセッションとして田中が講演した「クリエイティブエクスペリエンス:CXの進化」の内容をレポートします。

次に求められるのは、顧客の心を動かすクリエイティビティだ

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このところ、多くの企業がCXの重要性に目を向け、顧客に対して一貫性のある体験を提供すべく、テクノロジーの活用に注力するようになってきました。しかし、その動きが加速したがために、「CXに取り組むだけでは他社との差別化が難しくなってきた」と考える担当者も増えてきているようです。
では、次に求められるものは何か? 電通アイソバー(現 電通デジタル)では、「顧客の心を動かすクリエイティビティを取り入れたCXの提供だ」と考えています。

この点について田中は、次のように述べています。
「今日のデジタルマーケティングをひとりの顧客の側に立ってみると、CXの重要性が認識されている一方で、『仕掛けが見えている状態』になっていると感じている。顧客としては、導かれていると気付かないようにうまく導いてほしいし、エスコートしてほしい、と思う」。

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そこで重要になるのが、顧客が心地よいと感じるCXをどのようにデザインするか? ということです。田中は、「良質なCXをデザインするということは、テクノロジーをどう使うか、ということと、どのように顧客に不快感を与えずに目的地にエスコートしていくか、ということを丁寧に考えることだ」と、提案します。


CXデザインで重要な「心理的・感情的」というキーワード

では、そもそもCXデザインとはどういうものなのでしょうか?教科書的な定義では、次のように言い表せます。

  • 商品やサービスを購入する過程、利用する過程、その後のサポートの過程における経験的な価値(心理的・感情的な価値)
  • 顧客が最終的に受け取る価値(顧客の受け取り価値)は、商品やサービスの機能や性能といった物理的・合理的な価値だけでなく、CXによる心理的・感情的な価値も加えた総合的な価値

出典:田中 達雄. CX(カスタマー・エクスペリエンス)戦略顧客の心とつながる経験価値経営

これらの定義に共通しているのは、「心理的・感情的な価値」を重視している点です。よりシンプルに述べるなら、として、田中は次のように言い表します。

「CXデザインの根幹は、目に見える価値、つまり物理的なプロダクトやサービスと、計算された導線や五感へのアプローチ、情緒といった目に見えない価値をないがしろにしない考え方のことだ」

目に見える価値だけでなく情緒のような目に見えない価値を織り込む、というのは概念的でイメージしづらいことかもしれません。そこで田中は、電通アイソバー(現 電通デジタル)をはじめ、グローバルのisobarグループによる事例を挙げました。


CXデザインとは何か? を知るための4つの事例

■電通アイソバー(現 電通デジタル)の事例:株式会社AIRDO

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航空会社AIR DOと電通アイソバー(現 電通デジタル)は、新たな顧客数を増やすために、航空券のチケッティングをすべてLINE上で完結できる仕組みを構築しました。

この取り組みでは、LINEの画面を表示させることでストレスフリーな搭乗ができるのはもちろん、LINEを通して旅の情報をチェックできるようにするなど「楽しい旅をより快適に過ごす仕掛け」が用意しています。これによって、利用者は「飛行機にスムーズに乗りたい」という最大の欲求を満たすことができるだけでなく、航空会社と繋がりを持って旅を気軽に楽しむこともできるようになっています。

■電通アイソバー(現 電通デジタル)の事例:ファイザー株式会社 「禁煙手帳」

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「卒煙は難しいこと」という課題に対し、禁煙外来の医師と薬、そして卒煙までの道のりに併走する存在として製薬会社ファイザーと電通アイソバー(現 電通デジタル)が作ったのがLINEのチャットボットです。

禁煙の成功に向けて一緒に歩むチャットボット。それを無機質な存在ではなく、顧客にフレンドリーなキャラクターであり、かつファイザーにとってふさわしいものにするには、コミュニケーションの質や世界観を作り込めるだけのクリエイティビティが欠かせません。

■Isobar Chinaの事例:中国KFC「ポケットストア」

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中国最大のファストフード店であるケンタッキーフライドチキンとIsobar Chinaが展開したのは、中国最大級のSNSであるWeChat上に仮想のフランチャイズ店を誰でも開店できるようにし、そこで購入すると購買者にも仮想フランチャイズ店を作った人にもおトクなクーポンが付与される、という取り組みです。

企業の「ブランディング」と顧客に「買ってもらう」という行為はしばしば相反する場合もありますが、これは双方が両立していると言えるでしょう。

■Isobar Netherlandsの事例:Volkswagen Nederland

「自動車に乗った子ども達が、外の景色を見ず、タブレットばかり見ているのは由々しき事態だ」と考えたオランダのフォルクスワーゲン。そこで、位置情報に基づいて外の景色とリンクするようなストーリーを配信、窓の外を眺める楽しみを感じてもらう、という取り組みが展開されました。

ここで重要になるのも、どういう世界観でこのクリエイティブを出して行くか? という点です。ストーリーだけでなく、子ども達が目にする画面上に繰り広げられる絵本のようなビジュアル。こうしたものは、高度なクリエイティブ力があってこそ実現可能です。


CXデザイン実現のプロセス

前出の4つの事例の通り、多様なゴールに対し、CXデザインをひとつの定義にまとめ、それを実践するべく決まった手順を踏むことは難しいことだと言えます。しかし、考え方のステップはどのような場面においても応用が可能でしょう。

田中は、「CXデザインのプロジェクトを行なうにあたり、課題抽出の視点として、まず『サービス価値は何か? ターゲットは誰か?』を定め、『顧客はどんな行動をするか? 注力する領域はどこか?』について、ジャーニーマップなどを作成したり、そこに表せないものも取り上げながら考えること。その先で『適切なコンテンツが用意されているか?』『使い勝手はどうか? 顧客は目的が達成できているか?』『新たな課題を明らかにし、改善が適切に行われるか?』といったステップを踏んでいく。こうしたことにより、段階的に何をするべきか明らかになっていく」とし、以下の内容を示しました。

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しかし一方で、その“行なうべきこと”が明らかになっても、実践する際に問題に直面する場合もある、との指摘もあります。具体的には以下の表にまとめられた内容がそれに該当します。

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多くの企業において、プロジェクト以前に重要な問題として挙げられるのが、プロジェクトを実現する企業内のデジタルトランスフォーメーション、それ自体です。電通アイソバー(現 電通デジタル)では、そうした場面でも、顧客目線での戦略策定、トップによる目標の明確化、実務を行なうにあたって必要なメンバーや座組みの決定、進めていくうえでの仕組みなど、CXデザインを実行するための体制が整っているか、などをクライアントとともに確認しながらプロジェクトを進めることで、コマースの領域からデータを活用したより高度な施策の領域まで、様々なオファーに対応しています。

田中は、「その際に活用するのが、『最良のCXに近づくための4D』だ」とし、次のステップを紹介しました。

最良のエクスペリエンスに近付くための「4D」

Discover:現状把握、プロジェクトオーナーからのきちんとしたヒアリング。
Define:ターゲットを再定義する。体制の策定も行なう。
Design:プロジェクトのファシリテート、物事を社内のスタッフが必ずしもできない場合、リードしたりスケジュール管理したりして、計画をプロジェクトとして前進できるようにする。プロジェクトの輪郭を明確にしてマネージする。コミュニケーション方法を考える。
Deliver:実行し、課題点を抽出し、ブラッシュアップする。継続的に取り組んでいく。

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CXの実践は部門横断的な取り組みになる

前述の通り、明確なステップが示されていたとしても、CXをプロジェクトとして進めていくことは大変難しいものです。これを裏付けるのが、ガートナーが2020年2月5日に発表したプレスリリースです。

同リリースには、日本企業において「カスタマー・エクスペリエンスに取り組んでいる企業は全体の2割に満たない」とあり、特に「大規模な企業ほどCXに関心があるが、必要と考えていればいるほど、実際に着手できていないケースがある」と記されています。

この背景について田中は、「CXを進める際には、部署や専門性が多岐に及ぶが、特に大企業では横断的なプロジェクトの進行が難しい場合があるのかもしれない。CXの推進をするにあたって、横断的にマネジメントできる権限を持つ役員や事業責任者が関わっているかどうかというと、そうではないケースもある。また、プロジェクトマネジメントを行なうリーダーたちに十分な権限が委譲されているかというと、そこまでには至っていない場合もあるようだ」と指摘します。

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CXデザインを、人を中心にシンプルに捉える

では、CXデザインの実践を、企業の組織体やそこにいる人材をベースとするのではなく、顧客を中心に考えてみるとどうなるでしょうか? 田中は、「CXデザインの要素を単純化すると、2つの矢印で説明できるのではないか」とし、次の考え方を提案しました。

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ゴールを顧客による「買う」という行為や「好きになってもらう」ことだとした時に、そのゴールにむけて必要な2つの矢印

 
1.→:モチベーション。心を動かし、ゴールに向かわせる力を表す矢印。

クリエイティビティとアイデアがモチベーション(人を動かすこと)の原動力になる。 主に、クリエイティブやマーケティング部門が得意とする領域。

2.↓:フリクションレス。障壁を最小限に下げ、ゴールまでのつまずきを無くす力を表す矢印。

テクノロジーやデータを活用することにより、優れたCXをドライブする。主に、ITやデータ分析を得意とする部門の領域。

顧客視点でCXデザインを考えた場合、上記の2つの矢印が存在するCXが理想形ではあると理解できても、多くの企業の現実として、「担当する部門が相互に協力し合いにくい状況があり、協力的な体制を試みても、組織・専門性・カルチャー・KPIが異なるため、組織間で分断が生じてしまう」という課題が考えられます。

田中も、これまでの経験から、「マーケ部署とIT部署が意思疎通うまくいかない、クリエイティビティを担当する部門とデータ活用を行なう部門とでは専門性が異なり、カルチャーも違う。さらには各部署でKPIが異なる、といった壁が立ちはだかり、プロジェクトを停滞させてしまう場面が多く見られた」と言い、「これをひとつにすることがCX原点だ」との考えを述べました。

具体的には、いま行なっている議論が、モチベーション領域なのかフリクションレス領域なのか明らかにし、ユーザーがどう受け止るだろうかと考え、問題が生じると想像できるなら、これを打開するために横断的なマネジメントを行なう必要がある、というわけです。

「例えば、SNSで素敵なキャンペーンを展開したとして、ユーザーがECサイトに来訪したら『使い勝手がとても悪くて離脱する』ということが考えられた場合、その差異を解決するために横断的に部門を統括するマネージャーが必要だ、ということだ。もし、ひとりのマネージャーで対応できないなら、それぞれの部門のリーダーがリスペクトしあいながら物事を進めていけるようにすることが大事だ」と、田中。その時に「大切にしたいこと」として、以下の5つについて述べました。

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加えて田中は、「ブランディングを重視する企業や人材のなかには、『モチベーションの世界ではブランディングが大事にされるが、フリクションレスではそれがないがしろにされる』ということに不満や疑問を感じる場合があるかもしれない。
特に、CMO(Chief Marketing Officer、最高マーケティング責任者)は一貫性を重視する傾向にあるが、ユーザーや顧客は『一貫性をさほど気にしておらず、使い勝手の方が重視することもある』という事実を受け止める必要がある」とし、「顧客にブランドの一貫性を押し付けるようなことをせず、できるかぎり彼らの行動に溶け込むことが大事だ」と、注意を促しました。

もちろん、クリエイティビティやアイデアといった、ひとに伝えるための優れた広告表現の重要性は今後も変わることはありません。この点について、田中は、「おどろきやトキメキ、『ワオ!』と思うようなことは不可欠。なぜなら、それがなくしてモチベーションは生まれないからだ」とも述べています。

しかし、クリエイティビティの発揮は、アウトプットだけでなく、着眼点や手法にも発揮される必要があります。今後はそうした包括的なクリエイティビティやアイデアこそが、CXの原動力となると言えるでしょう。

一方で、テクノロジーとデータは、優れたCXをドライブさせる存在です。しかし、冒頭でも述べた通り、目新しいテクノロジーやデータを事業目的のように履き違えないよう意識するべきでしょう。田中も、「テクノロジーやデータは『どのように活用するか』と考えることが重要だ。今後、テクノロジーの進化によって、パーソナライズの精度は格段に上がることになるだろう。だからこそ、徹底した生活者視点で、『ひとりの顧客になったとき、そのCXは心地いいのか』と精緻に考え続ける必要がある」としました。

クリエイティビティとアイデアがCXの原動力となり

優れた広告表現の重要性は変わることはない。クリエイティビティの発揮は、着眼点と手法に意識されるように。

テクノロジーとデータが優れたCXをドライブさせる

テクノロジーやデータを事業目的のように履き違えない。パーソナライズの精度が上がるほど徹底した生活者視点を。


ブランドの意義を、テクノロジーが変えていく

この10〜20年のうちに、ブランディングには大きな変化が訪れました。
例えば20年ほど前まで、高級さやステータスの高さをアピールしてきた高級車メーカーが、この10年では「いかに高度で新しい技術を備えたクルマであるか」を競ってきたのは周知の通りです。そして、それが今日では、“手の中に収まるような存在”になり、“所有する”という価値と“移動する”という価値を分けて捉えられるようになり始めています。

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この流れについて田中は、「本来持っている“移動”という『価値だけ』を提供できるようになったのが今日である。それを理解して、巧みにビジネスに変え、顧客の生活に溶け込むような価値を提供できる企業が勝者になる時代になった。顧客が企業の意図した通りに動くと考えず、いろんな選択肢があるなかで生活動線に溶け込んで『無意識に』選んでもらわないといけなくなっている」としました。


生活に溶け込むために、境界線を溶かす

かつて、マイケル・ポーターが定義した通り、製造から提供までの過程のなかで、顧客とつながる行為は「販売マーケティング」のというひとつのステップとして言われてきました。

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しかし、自動車メーカーの例で分かる通り、クルマであれば「移動という価値」だけを提供できるようになっています。また、「KFC チャイナ」の事例のように、コミュニケーションしている間に自然にコマースに結びつく、という新たな消費行動も起こるようになってきました。これは、顧客にとって、ブランドや製品、自分の行動や日常を区分けする境界線が溶けている状態になりつつある、大きな流れにも見えます。

また、それと同時に、プロダクトやサービスの開発と市場からのフィードバックもタイムレスになってきています。

この変化によって、今日では、プロダクトやサービスそのものがニュースになりメディアになりつつあるとも見て取れます。また、それらはインターフェースであり広告でもあると言えるでしょう。

田中は、「世の中にプロダクトやサービスを提供すると、すぐにコミュニティが形成されて、フィードバックが行われるようになった。それに従って即時にアップデートが可能になっている。プロダクトやサービスを世に出す際には、それそのものだけでなく、それがメディアとなり、フィードバックがすぐになされることにまで意識を向ける必要がある」と、マーケティングの将来像を見通すにあたり、「現在と違う思考を持つこと」がいかに重要かを語りました。

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CXの未来像

上記で示した通り、価値を生む主体はプロダクトやサービスの送り手側から受け手側になりつつあるという状況であり、それが徐々に一般的になってきているのが現状です。そのため、企業は、コミュニティとの対話力を磨くことがより求められるようになると見通されます。
これまでのように、ある種の「上から目線」のブランディングやメッセージは意味をなくすでしょうし、その意味で、ターゲティングやポジショニング、セグメントなどの戦争用語で議論することは、マーケティング業界に馴染まなくなってくると想像されます。

そうしたプロダクトやサービスが生み出す「価値が主導する世界」では、企業は「自分たちの価値」を改めて問い直す機会の必要性に迫られるかもしれません。

ここで、ひとつの未来像として田中が挙げたのが、フィリップス社の変化です。

ワシントンD.C.で行なわれた駐車場の照明に関する入札で、フィリップス社は、「10年間光り輝くという価値」を納品する、という提案をしました。旧来であれば、電球や蛍光灯の数やメンテナンス費用を算出した額で入札するわけですが、IoTの技術を使えば、消耗度合いや光量の管理などをセンサーやネットワークで一元管理が可能となり、そうした「価値だけ」のサービスを提供することができる、というわけです。

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この変化の先には、「人が望むところでサービスが提供され、そうでないところではサービスをする必要はない」という社会が広がっているかもしれません。コスト的な無駄や、環境への負荷を下げることのできるこうした取組みは、「すべてのプロダクトはサービス化する」その始まりであるというのが、田中が見据えるCXの未来像です。

ここでもキーワードになるのが、「境界線を溶かす」ということです。 田中は、「あらゆる境界線を溶かしてこそCXである」とし、セッションを締めくくりました。電通アイソバー(現 電通デジタル)では、CXの実践において、このことをテーマに据えて今後も様々な展開に取り組んでいきます。

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